(2004年10月18日現在)


下の写真は、2003年正月に家内の千恵と一緒に初詣した時のものです。
還暦を迎えたので、赤いセーターを着ています。
家内の千恵は、2003年11月27日癌で亡くなりました。



生まれ
 
 日根 隆 (ひね たかし)
 1942年12月27日、 2004年10月現在62才
 大阪府貝塚市生まれ。
 大阪泉州生まれの泉州育ち。


趣味

 釣り、ゴルフ、プロ野球をみること

 ●釣り
 32才から45才ぐらいまでハマっていたが、現在では年2-3回行く程度。

 近くの防波堤の釣りから始め、船、磯釣りと大抵のものは経験した。
 大物を釣り上げ、スポーツ新聞の釣欄に3回ほど掲載されたことがある。

 ●ゴルフ
 28才ぐらいの時に始めたが、一向に上達しないのでやめてしまった。
 40才を過ぎてから、再び始める。
 多いときは、月5-6回コースに出ていたが、今は忙しいので、2ヶ月に
 1回ぐらい。いつまでたってもヘタクソ。元々運動神経が悪いのか?
 スコアは、いつも1R100前後。

 15年前に、会員券を約600万円出して購入したゴルフ場が、
 先週事実上の倒産。
 亡くなった千恵がこつこつと蓄えたお金を出してくれたのに、今は
 ただの紙切れ。

 ●プロ野球をみること
 もちろん、阪神タイガースのファン。
 千恵が元気な頃は、年3-4回甲子園に応援に行ったが、今年は娘2人と
 1回行っただけ。

 あと、江戸時代の生活を書いた本を読むのが好き。
 
 

好きな食べ物
 
 好き嫌いはない。
 特に苦手なものもない。最近では、肉より魚や野菜中心の食事。

 1番おいしいと思うもの
 大阪泉州の水ナスの浅漬け。この味だけは特別。

 以前テレビ朝日の報道番組、「ニュースステーション」で最後の晩餐という
 コーナーがありました。
 キャスターの久米宏が各界の著名人を招き、「明日死ぬとわかっていて
 最後の食事は、なにを食べたいのか」と質問するやつです。

 私なら、ためらわずに「水ナスの浅漬けでお茶漬け」と答える。


主な履歴
 
 1966年関西の大学を出て運輸関係の会社に就職。
 以来30年以上海運畑の仕事一筋。

 1971年10月このサイトを開設した千恵こと、旧姓山口千恵子と結婚。
 子供は、長男、長女、次女の3人
 現在長男は、仕事の都合で別のところで生活している。
 
 1998年7月会社の合理化でクビ
 これはうそです。
 独立して、なにか商売をやりたかったので、退職。
 木炭の販売等をやったが、結局のところ、地元の伝統工芸品”和泉櫛”
 の魅力に取り付かれ、くしやのおっちゃんに落ち着く。

 2001年5月家内の千恵が「つげ櫛を全国に広げる」と言ってHPを開設。

 2003年11月癌のため千恵死去。

 2003年11月より、家内が残したWebショップを引き継いで、現在に至る。

 

千恵との出会い、結婚
そして悲しい別れ
 
 私の家内の名前は、千恵子です。
 みんなから小さなころは、「ちえちゃん」と呼ばれ、大きくなってからは、
 「ちえさん」と呼ばれていました。
 私も彼女と知りあってから、現在まで「千恵さん」と呼んでいます。

 1970年の10月、あるオフ会で千恵と出会う。

 最初の印象で一目ぼれ、と言いたいところですが、初めての彼女の印象は、
 「小太りで、ブスやな〜」というのが正直なところ。

 ところが、30分も話している内に、その気持ちが変わりました。
 「気立てが良く、よく気がつく、やさしい」

 その後、私の方から猛アタック。
 翌日、聞き出した電話番号に電話し、デートの約束を取り付ける。
 電話といっても、当時は今のように携帯がないので、勤め先か家に掛ける
 しか方法はなかった。
 仕事中に使用電話ができる優雅な時代でした。

 特別に「つきあってください」なんて言ったことはないが、1ヶ月もしない
 内に恋人のようになる。

 1971年正月、2人で初詣に出かける。
 初詣した先は、神戸の生田神社というところ。

 ここで、早くもプロポーズ
 知りあってから、約2ヶ月半の早業。

 プロポーズの言葉は、
 「きっと幸せにするから、オレと結婚してください」
 いや、違う。
 「好きやから一緒になってください」
 これも、違う。

 本当のプロポーズの言葉は、
 「千恵さん、オレに惚れてるやろ。しようがないからお嫁にもろたるわ」

 これを聞いた千恵さん、
 「また、えらそうに。なにさまや思ってるの。惚れてるのはそっちのほうやろ。
 あなたは、シャイやからそういう言い方しかできんのや。しょうがないから
 お嫁に行ったるわ」

 これで、すべて成立や

 さだまさしの歌に「関白宣言」というのがありますよね。
 ♪お前を嫁にもらう前に言っておいきたいことがある。
  朝は俺より早く起きろ、夜は俺より早く寝るな、俺より早く死ぬな♪

 私たちが結婚する時には、まだこの歌はありませんでした。
 ところが、結婚前に同じようなことを、私が千恵に言っていたのです。
 
 もちろん、千恵さんは反発しました。
 「またはじまった。私に惚れてるくせに、どうしてそんなにえらそうなことが
 言えるのかしら。でも、これくらいなら辛抱してやるわ」

 双方の両親の許可を得て、1971年10月に結婚。
 知りあってから、約1年での結婚。

 結婚してからも、彼女はいつも愉快で、元気一杯。
 物事を悪く考えない。

 しかし、しかしですよ。
 時々、とんでもないヘマをやらかします。
 それも、普通の人では考えられないようなことを平気でやる。

 砂糖と塩を間違えるなんてアサメシ前。
 ご飯を炊いたつもりが、炊けてない。
 お風呂にお湯を入れたつもりが、入ってない。
 他に傑作なのは、なんと携帯電話と間違えて、テレビのチャンネルを
 持って出かけたのです。これちょっと普通の人では考えれませんよね。
 その頃の携帯は、今のような折りたたみ式でなかったとは言え。

 そんなヘマをやらかしても、本人は平気なもの。
 

 2003年11月、悲しい別れ

 結婚してから病気らしい病気をしたことがなく、いつも元気者の千恵さんが
 この年の7月ごろから体調をこわした。
 症状は、
 吐き気がする、めまいがする、といったもの。
 近所の病院で診察してもらうと、血圧が高くて、心臓が少し肥大している。
 との診断。薬をもらって安静にしていたところ、おちつく。

 8月のお盆を過ぎて、また体調をくずす。
 症状は、前回と同じような状態。
 
 9月初め、詳しい検査の結果、右の腎臓に癌が見つかる。

 9月17日、大学病院へ入院、さらに詳しく検査。

 検査の結果
 大学病院の医師より、「右の腎臓にできた癌が、静脈、肺、骨にまで
 転移している。はっきり言って手遅れ状態で、治療の方法がない」
 と言われた。

 「そんなアホな。今まであんなに元気にしていたものが」

 でも、事実は事実として受け止めねばならない。
 目の前が真っ暗。考えがつかない。恥ずかしいがオロオロするだけ。

 「いったい、本人にどない説明したらええのや」

 悩みましたよ。もちろん、子供たちにも相談しましたが、子供たちも
 悲しんでいるだけ。

 考えた末、「よっしゃ、ここはほんとのことを言うしかないわ。千恵さん
 のことや、ジタバタしないはずや」

 と、腹をくくって本人に告知。
 告知と言っても、さすが「手のほどこしようがない」とは言えませんでしたが、
 その他のことは、つつみ隠さず話しました。

 告知された千恵さん、なんと言ったと思いますか?

 「そんなに悪いの?でも、今はこんなに元気だから、どうってことないわ。
 あとは、わたしの気力で頑張るしかないのね。わたし頑張って元気に
 なってみせる。第一、わたしがあなたより先に死ぬことはできないもの」

 なんと、結婚前に私が面白半分に言ったことを、千恵は覚えていたのです。

 入院していても、なんの治療もしてくれないので、9月末に退院。

 子供たちと手分けして、癌に関する情報を探す。

 膨大な数の本、ネットの検索。

 東京に漢方薬を使って末期癌の治療をしている病院があったので、
 長女が大学病院から、レントゲン写真を借り出し、東京の病院で漢方薬を
 処方してもらう。
 煎じ薬で、飲みにくいものだが、千恵は嫌がらずに1日3回きちんと飲んだ。

 退院して3日目の夜、骨に転移した腫瘍のため、右足大腿骨を骨折。
 再入院。
 骨折の手術後は、両足が麻痺してしまった。
 それでも、外泊して家に帰り車椅子に乗ってメルマガを1本書いた。
 たぶん、親しいお客様とメールのやり取りもしていたよう。

 「わたしは大丈夫、足の麻痺は気長にリハビリすればきっと良くなる」
 と言って頑張るが、日に日に食事の量が少なくなっていく。

 運命の11月27日。
 この日は、朝から眠ったままで目を開けない。
 私の呼びかけに1度だけ目を開け、ニッコリしただけ。

 そして、
 午後5時27分、子供たちと私に見守られて千恵永眠

 「ショップ千恵の情報マガジン」というメルマガで、入院前に千恵自身が
 入院することを、告知しています。

 彼女の入院中に、「千恵さん頑張れ」「早く良くなってメルマガ書いてね」
 といった励ましや、応援のメール、手紙を送ってくれたみなさん、
 千恵が亡くなったことを知らせた時に、お悔やみのメールや手紙を送って
 くれたみなさん。
 本当にありがとうございました。
 心より感謝しております。
 これからも、応援よろしくお願いします。
 

つげ櫛の商品一覧はこちら

トップに戻る

初めての方||商品一覧||お支払いについて||作者紹介||当店のお約束||商取引に基く表示
お手入れ方法||髪の毛と静電気||和泉櫛の由来泉州むかし話||掲示板リンク集